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「『できません』って言いたくないんだよ」。地域に根ざした町役場職員の想い
塩谷町で開催される様々なイベントにおいて、最も頻繁に見かける役場職員はこの方ではないでしょうか。
公務員は固い。動かない。
そんなイメージを持っている方もいるかもしれませんが、塩谷町役場の星さんは決してそうではありません。
地方公務員とは。塩谷町とは。
36年に渡ってこの町を支え続けてきた、プロ意識あふれる星さんの言葉をお伝えします。
星 育男(ほし いくお)さん
1965年生まれ、塩谷町出身。
東北福祉大学を卒業後、塩谷町役場に入庁。
2020年より産業振興課課長を務める。
趣味は仕事。
偶然が導いた、「地元で働く」という選択
塩谷町出身の星さんは、塩谷町役場の産業振興課を統括する課長です。
役場職員として36年勤務していますが、就職活動の際に入社を考えていたのは意外にも町外の民間企業。
最初から地方公務員を目指していたわけではありませんでした。
「大学3年の3月に宇都宮市の会社から内定をもらっていたので、そこに入ればいいと思っていました。
4年生になって社会福祉主事の資格を取ったのをきっかけに町の社会福祉協議会と関わるようになり、
そのつながりから知り合いの役場職員にアルバイトをしに来ないかと声をかけられました。
それで、夏休みの一か月半ほど町の総合運動公園のオープン準備を手伝ったんです。
作業が終わると地域の色々な人と飲みに行ったり遊んだりして、その時に『地元に帰ってくるのも悪くないかな』と思いましたね」
アルバイトの最終日に、役場職員から職員採用試験の申し込み用紙を渡された星さん。
「渡された以上は試験を受けなくちゃ悪いし、受けるからには恥ずかしい点数は取れない」と一念発起して勉強し、採用通知を受け取ります。
「どうしようかなと思いましたが、
自分は一人っ子で将来的には親の面倒を見なくちゃいけないし、楽しそうな人たちもいるし、
じゃあ町で働いてみようかなと会社の内定を辞退し、塩谷に戻りました」
「できない」を「できる」に変える。地方公務員のプロ意識
入庁1年目で保健福祉課(現在の健康生活課)に配属された星さんは、
数年ごとに農業委員会、企画調整課、総務課、税務課と様々な部署を回ります。
その中でも「忘れられない」と語るのは、2014年に指定廃棄物処分場対策班の班長を務めたことでした。
この年の夏、環境省は塩谷町にある国有林を指定廃棄物の最終処分場候補地に選定。
町民全体による大きな反対運動が繰り広げられました。
「町の人たちが一丸となって処分場を塩谷に持ってこさせないように動いていたので、
私たち町としてもそれに寄り添って制度の分析や各関係団体との調整を行いました。
色々な考えがあってぶつかることもありましたが、町民の方々と腹を割って話せたかなあ、と。
その人たちには今もいっぱい助けられているよね」
現在課長を務める産業振興課は、農林業や商工観光業といった町の経済につながる産業全体を担い、地域の人とも多く関わる課です。
そこでも意識しているのはやはり「町民との距離」だそう。
「情報を集めて、その情報を元に施策を考えていかないとズレが出ます。
自分たちの想像や勝手な妄想で仕事を進めるのが一番やってはいけないこと。
住民がどういう声を持っているかを聞くことが重要だから、町の人との距離感は短くしておきたいと思っています」
「地域の方からお願いされたことに『できません』って言いたくないんだよ。
お願いされたことになるべく応えてあげたいんです。悲しいけどやっぱり法律の枠はある。
でも、枠の中に片足を置いておいてそこからもう片足を伸ばせば、助けられる範囲は広がっていきます。
枠を超えてはダメだけど、足を動かさずにいるよりも、
どのように幅を広げられるかを考えて動くのが地方公務員だと思います」
公共性の高い事業に携わる公務員には、法律や制度といった枠組みはつきもの。
「ルールだから仕方ない」などといった仕事上の場面が多いイメージがありますが、その筆者の言葉に星さんは反応します。
「それが一番嫌いなの。公務員らしい公務員になりたくない。
理由をつけて仕事を少なくするのは公務員ではないし、逆に、理由をつけて幅を広げたいんだよ。
だから、部下からすると私は面倒くさい上司だと思われていると思います(笑)」
塩谷は捨てたもんじゃない
現在59歳の星さんは、残り1年で課長職としての定年を迎えます。
今後は自身が培ってきた仕事のノウハウを後輩たちに伝えていくと同時に、
若手職員には「もっと楽しそうに働いてほしい」と語ります。
「対応する態度で町民がどう思うかを考えてほしいですね。
例えば、喋る相手がいない一人暮らしのおばあちゃんが役場の手続きに来た時に、
職員に明るく対応してもらえたらそれだけでその人の心は豊かになると思うんだよ。
そうすると『ありがとうね』って言われるだろうし、自分もきっと仕事が楽しくなってくるはずだと思うよ。
せっかく役場に来てもらったなら、良い気持ちで帰ってもらいたいしね。
人口約9,000人というのはそういった丁寧な対応ができる規模だし、やるべき規模なんだと思います」
栃木県内で最も人口の少ない塩谷町は、
近年「消滅可能性都市」と言われています。
人口減少対策や移住・定住の促進が急務となっている今、役場職員だけでなく町民一人ひとりの意識を変えていくことも星さんは提言します。
「町のみんな一人ひとりがPR大使として良い町だと宣伝していけば来てくれる人も増えます。
『この町は何もねえ』って言うだけじゃなく、
『でも綺麗な水と星があんだよね』などと続く言葉が出てきてほしいですね」
日々暮らしているとどこか当たり前のように感じてしまうようなことも、外から見れば立派な魅力。
何もない町だからこそできることもある。
町民それぞれが、塩谷町の広告塔になるような意識の変化が求められているのかもしれません。
塩谷は捨てたもんじゃないから。
そう最後に言い残した星さんの表情には、町への愛と仕事への責任感があらわれていました。
(11月6日取材 地域おこし協力隊 小松原啓加)